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ポジティブライフアドバイザーのジャニーです! 皆様の日常がポジティブに変わるヒントや、雑学、単なるボクの趣味についてなどを更新中!
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プロフィール
HN:
ジャニー
年齢:
28
性別:
男性
誕生日:
1988/10/30
職業:
専門学生
趣味:
ストリートダンス、カラオケ、ビリヤードetc
自己紹介:
ポジティブライフアドバイザーのジャニーです^^
意味のある記事も、くだらない記事も、なんとなく書いています!
更新をしていない期間はとてつもなく忙しい時だと思っていただけるとありがたいです!

【関心】ダンス、踊ってみた、ジャグリング、心理学、ストレス・うつ・自殺の予防、メンタルヘルス、福祉、教育、社会問題、、地域活性化、妄想、お喋り、お酒etc
【twitter】weedonweedon
【skype】weedonweedon
【mixi】id=17076088
【メール】weed_reise_master@yahoo.co.jp
【ニコ動マイリスト】mylist/25003517
【facebook】中井裕規で検索!
サイトマスター
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どーもー
ジャニーでーす
のばし棒「ー」大目でーすw

facebookを見ていると、路上で音楽活動をしている時藤夕樹さんがこんな記事を貼っていました。

ストリートライブ(路上ライブ)やりたいなら筋通せ
http://ameblo.jp/butsukusatv/entry-11196360855.html

内容は、簡単に言うと「路上で活動してるやつ、許可とってないなら法律違反で犯罪行為だぞ!」というようなもの。

ダンスやguchibankなどで路上での活動とは縁のある私、ジャニー。
色々考えるところがありました。

facebookでは意見の一つとして、法律は誰かを守るためのものだという話を挙げている方が居ました。
私もそう思います。
じゃぁ、誰を守るためのものなのでしょうか?
ボクは「公共の福祉」だと思います。
簡単に言うと「皆の幸せ」です。
人によって幸せの感じ方が違うので、現実的に皆が幸せになるというのは難しいですが、大きな迷惑にならなければ良いのではないかとボクは思います。

もし、私有地であれば優先順位として地権者の利益が最優先されるべきなので、そこに「NO!」と言われればそれに従うべきでしょう。
私有地であっても駅など公共の場所だと、公共物に準じて考えられるので、地権者よりも駅の利用者などの利益が優先されるべきでしょう。

そういう風に考えると、お咎めなしなら、公共の福祉に反しないという意味で許可ではないけど拒否ではないという意味でセーフなのかなと思います。
そら、お咎めなしでも看板とかで禁止!って書いてあれば別ですがー。

下手糞な演奏で雑音だと言われて拒否されることもあるでしょうが、上手過ぎる演奏でギャラリーが多くて邪魔だから拒否という事もあるでしょう。
大事なのは演奏の上手い下手ではなくて、公共の福祉ですから。

ただ、許可を取っていたとしても、路上で活動する限り誰に何言われても真摯に対応することと、誰かには迷惑をかけているという気持ちと姿勢、お咎めなしで見逃してくれている地権者や一般の人への感謝は常に忘れちゃならないかなと思います。
それが無くなってしまうと、法律とかパフォーマンスのレベルと関係なく、人として・・・という話になってくると思います。

法律に関する知識はありませんので、もし詳しい人がいれば教えてくださいm(_ _)m

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ふと、違和感を感じたことからつらつらと単なる思い付きを記します。

福祉の業界では、資格なんて大したものじゃなくて、運転免許みたいにとりあえず「有ります」くらいのものだ。・・・なんてことがよく言われる。
その割に、職員の求人を見ていると、子ども・障害者・高齢者など分野に関わらず、応募要件に資格がほぼ必ず載っている。
ボランティアやちょっとしたアルバイトの募集でさえ有資格者を募集していることは珍しくない。

対人関係の仕事だし、知識も必要だし、個人情報もよく扱うしで、資格があるということは一定の信頼性を保証できるものであろうから、有資格者を募集する意味はわかる。
けど一方で、資格は無くても関心や志のある人だっているわけで、福祉の業界が一般社会から福祉への門戸を自ら閉ざしている状態のように感じる。

だから余計に福祉業界は一般社会と乖離した部分がよくあると言われるのだろう。

福祉では「ノーマライゼーション」や「共生社会」の実現を高らかに謳っているが、自ら遠ざかっているように感じざるを得ない。

もっと門戸を大きく開けて、多様な担い手を集め、育てる必要があろう。
どーも!
ポジティブライフアドバイザーのジャニーです!
腰の調子もだいぶ良くなってきました!

今回お話することを簡単に言うと・・・
夢は口にしたり、人に聞いてもらったり、どんどん発信する方が自分の為になるよ!ということです。
これで「せやなぁ。自分もそう思ってやってるわー。」という人は、もうこの先読まなくて良いと思いますw

皆さんには夢ってありますか?
ボクにはあります!
いっぱいあります!
どれを話そうか困るくらい!w
いつも長い記事を書いていますが、いつかこういうのをお金をもらって人前で話すような仕事が出来れば一番良いなぁと思っています
ボクの夢は、今の自分の状態を変えたいなぁと思っている人のお手伝いをすることなんです
その為にカウンセリングやコーチングをしたり、講演会をしたり、認められれば本を書いてみたり出来たら良いなぁと思っています
ちなみに、今の自分の状態を変えるというのは、自分自身を変えるだけじゃなくて、人間関係などの自分のいる環境を変えるということも含まれます!

とまぁ、こんな感じでボクは自分の夢をお話するのですが、皆さんはどうでしょうか?
最近は、そもそも夢なんかねぇわ!って人も増えてるような話を聞きますね
夢を持っていても恥ずかしくて言えない人とか、ポリシーとして成功するまで口にしない人とかもいます
色んな人がいるのはもちろん構わないのですが、今回は夢を語る方が良いという方向で話を進めますね

じゃぁ、夢を語るとどんな良いことがあるのでしょうか?

①やる気が出てくる
口にすることで、自分の潜在意識にそれまでより強く意識化されることになります
その為、やる気がわいてきます
たまに、言っちゃったからやるしかないと自分を追い込むという人もいますが、近い感じですね

②仲間が増える
その夢を聞いて、応援してくれる人、同じ方向を向いている人、実現する為のアドバイスをくれたりする人などが寄ってきます
そうやって仲間が増えることによって、より実現可能性が上がります

もっと色々あると思いますが、ボクが最も強調したいのはこの2点ですね!

夢なんだから、実際に実現できるできない、やるやらないはどーでもいーじゃないですか!
言うのはタダなんだし!w
現実離れしてる方が面白いですしw
妄想でも良いんです!
人に話してみましょうよ!
「え、そんなこと考えてたん!?しらんかったー!おもしろなー!」ってなってくれる人も沢山います
話題が1個増えるだけでも、良いやん!と考えるのは関西人的発想でしょうか?w

後、夢がないって人
夢なんだからなくても良いんですw
けど、何かしたいことはありませんか?
部屋の片づけしたいーとか
恋人欲しいーとか
お給料増やしたいーとか
そんなんでも十分です!

ただ、「~せなアカン」よりは「~したい」の方が前向きっぽくて良くないですか?w
「部屋の片づけせなアカン」って考えるとメンドイけど「部屋の片づけしたいー」やったら願望やし軽い感じで前向きでボクは好きですw
もっと好きなのは「部屋の片づけしよー」って、あたかも、今からやるみたいな言い方をすることですw
実際にやるやらないは別として、「~しよー」とか「~しよーかなー」って感じの方が、もっと前向きに聞こえますよねw

実は言葉の使い方一つで意識ってのは大きく変わって、同じ意味でもストレスを感じたり、やる気になったり、色んな効果があるんです!

是非皆さん、言葉の使い方にも気を付けて、夢を語ってみてください^^
ついに5月に入りましたね!
5月病が怖いジャニーです!

誰しもが常に必要な「考察」
しかし、GWということで、学生の方はレポートがあったり、夏には実習があります!という方がいるのではないでしょうか?
学生は学校がら「訓練」として課題が出されたりするのですが、社会人になると自主的に行わないと訓練をしなくなります
そこで、今回は、学生でも社会人でも必要な「考察」について、レポートや実習記録の書き方について一例を示しながらお話したいと思います

さて、「考察」って聞くと、学生には恐ろしい言葉だと思いますw
ボクも大学までは苦手なもので、院生になってやっと考察の意味や書き方がわかりました^^;

考察とは、何のためにするのでしょうか?
簡単に言うと「現状を分析して、次につなげる方法を考える」ということだとボクは考えています

ここで2つのパートに別れることが分かるでしょう
「現状を分析する」

「次につなげる」
です

ということで、まずは現状を分析することが必要ですね!
レポートや実習記録だと、まずは「何をしたのか」の確認をすることが必要です
ボクが専門学生だった時の実習記録の場合「本日は午前中に○○というプログラムに参加した。○○では、~のようなことが行われ、プログラム参加者は××していた。」というような感じ
これはあくまで目に見えた「事実」しか書きません
レポートや論文でも、「どの様な実験をしたのか」「どの様な分析結果が出たのか」という辺りまでが、ここに当たります

もし実習記録がこの段階で終わってしまうと、これは【日記】でしかありませんねw
これはあくまで考察をする為の材料の1つでしかないのです

次の段階は、「それをどう理解したのか・感じたのか」です
さっきのが日記の段階だとすると、次は【感想文】の段階ですw

事実を確認した後「プログラム参加者が××をしていたのは、△△という効果があるのではないかと思われる」とか「××を参加者が行ったことは、△△が原因だと思われる」とか
レポートだと「××という結果から、△△ということが考えられる」とかいう感じでしょうか


次が最後の【考察】の段階!
最初にお話した「次につなげる」というのがこの段階です
何事もやりっぱでは意味がないでしょ?
例えばスポーツでも、もっと上手くなるために、走り込みをして体力をつけよう!とかというのが「次につながる考察」でしょう

考察では「良い点」「改善点」の2点について書き方がざっくり分けられると思います

良い点については、「今回のプログラムで△△という効果が感じられたのは、□□に配慮したことが重要な点であった。□□を行うにあたって、スタッフ間の事前の打ち合わせが必要だと考えられる。その為、ミーティングの際に事前に資料を配布し、説明を行うようにしていくべきであろう。」
この様に、「なぜ良かったのか?」「それを今後も続けるためにはどうしていくのか?」ということに着目する必要があります

改善点については「、「今回のプログラムで△△という効果が感じられたのは、□□に配慮したことが重要な点であった。□□を行うにあたって、スタッフ間の事前の打ち合わせが必要だと考えられる。しかしながら、スタッフ間で認識の違いがあったことは改善すべきであろう。その為には、ミーティングの際に事前に資料を配布し、説明を行うようにしていくべきだと考えられる。」
この場合は「どこを改善すべきなのか?」「今後、改善する為にどうすると良いのか?」ということを考えます

ボクは考察で最も大事なのは「次の為にどうするのか?」だと考えています
そこまで考えられて、はじめて【考察】でしょう
ただ、非現実的であったり、実現が困難な考察をする人がよくいます
内容は綺麗でも、実行できなければ意味がありません
ボクなそのような考察を、考察ではなく「妄想」と呼んでいますw
次の為にどうするか?を考えているのですから、「次回に自分が出来る、次回以降も継続して出来る」ことを考察しなければいけませんね


「現状を分析して、次につなげる」とか「日記、感想文、考察」という風な流れで説明を行いました
感じられた方もいるかも知れませんが、厳密には「感想文」と「考察」の境目はハッキリとしません
だからこそ、感想文の段階で終わってしまったり、考察がどういったものか分からないという話が出てくるのでしょう

皆さんも、どんな立場の人であれ、日々の生活で「仕事をもっと効率よくしたいなぁ」とか「次の試合では勝ちたいなぁ」などと【課題】があると感じることがあるでしょう?
課題あるところに考察あり!
学校の課題で考察を求められることは、考察する訓練をさせる為です
しかし、普段考察が必要なのは、課題をクリアする為、大きく言うと、自分の人生や社会を明るくするために必要だと思います
普段から考察が必要だから、学校では考察の訓練をさせられるのです
この真意を無視して、友達のレポートを写すような感じで学校の課題をこなすことはナンセンスだとさえボクは感じています

よく、レポートや実習記録で「文字数が足りない」という話を耳にします
多くの場合、大げさにいうと、「それは文字数が足りないんじゃなくて、考察が足りないんだ」という風に感じます
しっかり考察を行えば、文字数は埋まると思いますし、もし本当に文字数が微妙でも、考察がしっかりされていれば本来は許されるものではないかと思います

年齢や立場に関わらず考察を続けて、「考察力」を身につけることは、必ず皆さんの人生を良くするヒントを与えてくれます
考察を十分に行えば、後は実行するだけなのですから!
先ほど「妄想ではなくて考察でなければならない」というお話をしましたが、これは実行する為です
人生を良くするヒントを得たなら、是非実行して、本当に人生を良くしていきたいものですね^^


今回も長文ですが、お付き合いいただきましてありがとうございましたm(_ _)m
もし役立つ記事だと感じていただけたなら、SNSボタンから「いいね!」やRTをしていただければ、大変嬉しく思います!
どーも、お金が欲しいジャニーですw

お金が欲しいお金が欲しいっていうと、バカな感じがしますねw
我が家の教育方針の問題かもしれませんが、うちは頑張ったらお金がもらえる制度でしたw
簡単に言うたら、お手伝いしたら、お小遣いがもらえるようなもんですw
そんな育ち方をしたせいか、子どもの時から「お給料」というのは、求められることをした結果、ありがとうといって手渡されるものという感じなんです

一般に、福祉の業界は給料が安いと言われています
まぁ、これには色々理由がありますけど、例えば財源を国や都道府県からの助成金に頼っているとか
福祉の対象者はスタートが貧困層であったり、今では高齢者や障害者などなので対象者からはお金がもらえる感じではないとか
一人に対しての時間がかかるので、数をさばけないとか

最初にお話したように、ボクの「お給料」のイメージでは、求められることをした結果です
福祉はあまり求められていないのでしょうか?
求められていることを行動に移せていないのでしょうか?
ボクはそうは思いません
けど、ビジネスという面では、先ほどお給料が安い理由として挙げたもののように、とてもやりづらい条件が付随してきやすいなぁと思っています

でも、お金が稼げないわけではないだろうし、もっと結果を出して稼いでいくべきだと考えています
お金の稼ぎ方については今回は触れませんが、稼いでいくべきだというところについてお話を続けます

なぜお金を稼ぐべきだとボクが考えているかというと
良い支援を提供する為です
簡単にいうと、自分の問題ですねw
お給料が高い方が頑張ろうと思うのは普通だと思います

また、良い支援を提供するというのは、個人的な問題だけではなく、マンパワーも指します
福祉の仕事は給料が安いというせいで、資格をとっても福祉業界から離れる人、そもそも目指そうと思わない人なんかでマンパワー不足の問題が出てきます
(すでに散々マンパワー不足は言われていますがw)

福祉がお金のもっと循環する世界になれば、福祉以外の業界からも協力してくれる人が出てくるんじゃないかとも思っています

お金が循環すれば、対象者のところにもその影響はあって、例えば作業所の工賃が上がれば、利用者の経済的自立にも効果が出るかもしれないし
福祉機器も沢山良いものが開発されて、体の不自由な人なんかがもっと生活しやすい社会になるかもしれないし

ボクは福祉でお金が稼げないとは思っていません
最初にお話ししたように「求められることをした結果」だと思っているからです
福祉は求められています

子どもの福祉でも、障害者でも高齢者でも、福祉というイメージに捉われず「生きづらさ」という広い視点で見るともっと対象は幅広くなりますし
まずは現場に居るボクみたいな人間が、稼ぐ工夫を常にしていかないといけないと思っています

最後に1つだけ稼ぐ案を出すと
診療報酬に目を付けることだと思います
もっと点数がとれるように、ボクみたいな医療現場でない福祉関係者も含めて業界全体で働きかけを行うべきだと思っています
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